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 JEGOG(ジェゴグ)体験記


 バリ島西部に位置するヌガラ。この地方だけに繁茂するという巨大な竹を使った、重低音のバンブー・ガムランがジェゴグである。(『バリ島楽園紀行』 新潮社刊 とんぼの本より)

 たびたび訪れていたバリ島で、(一般的な)ガムラン音楽の金属音にも違和感がなくなっていたある日、この『ジェゴグ』を体験するチャンスに恵まれた。何事につけても、無理なくスロ〜に動きたい性質なのでバリ島でお葬式を見たのも3回目にして、『ジェゴグ』を体験したのもまさに4回目にしてであった。

 『ジェゴグ』は“聴く”という質の芸能ではない。もちろん青銅でできた楽器を叩いて演奏する一般的なガムランとて“聴く”という質のものではないと思うが、『ジェゴグ』になるとさらにその度合は強く、“聴く”というよりは“震える”、大袈裟に言えばひとつのセラピー(治療または療法)の形ではないかと思うほどだ。

 まずはじめに大地と天空、そしてその中間に位置する自分という構図がある。その3点を結んで(強烈な音、そして大地を揺さぶる振動とともに、自然にその点が結ばれていくのだが)、やがてひとつの太い大きな風が起こり、それが自分のカラダを単なるパイプとしてゴーゴーと通り抜ける。言葉でつかまえにくい感覚を.敢えて言葉にするならそんな感じだ。そして、楽器の演奏者はそれが起こることを促す、さながらセラピスト(治療士)の集団であり、かつ自分たちもいい感じになっちゃった人たちだ。

 大風が通り抜けた後は、カラダの中によどんでいたものを魂もろとも浄化されたようであり、ひと呼吸ひと呼吸の空気が清くおいしい。宇宙というとてつもなく大きなものが目いっぱい、鼻いっぱい、耳いっぱい、毛穴いっぱい、全身に満ちている。が、その一方で、なんにもないことで満ち足りている感じもある。それは私たち人間がとても小さい存在であると再確認することでもあり、些末なところで考えてもしかたないのだという潔い諦めへの勧めであるような気もする。大きな波に身を委ねること、その心地よさを味わうこと、そんなことを教えられたような気がする。もっともバリの人々はそれを「神」と表現するのだが。

 楽団の方たちは農業をなりわいにしているという。昼間は畑仕事に汗を流し、そして日が沈んでからは『ジェゴグ』の練習をするという。ジェゴグは、生活に根差した音楽だ。それは彼等の、魂ぎりぎりの叫びのようでもある。ある意味では、ジェゴグを通して浄化(カタルシス)をおこなっているといえる。

 巨大な竹にまたがって演奏する


 それに対して私たち日本人は、夏も冬もわからないようなエアコンの聞いた部屋で電磁波を浴びながら一日中コンピュータに向かい、夜は居酒屋で呑んで、せいぜいカラオケで歌うのがオチだ。そこには神はいない気がする。少なくとも私はここでは全身を通り抜ける「風」を感じることも「神」に会うこともできなかった。

 この島には金と物に囲まれてしまった私たちがなくした「スペース」がある。そこには神のやどる場所がある。彼らは演奏をすることで神様のパワーを充電し、輝きを放っているようだ。

 BY MANI


       


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