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ウブドゥ最新情報 NO.1

今Jl.Dewi Sitaが熱い!



 二年ぶりにウブドゥへ行ってきた。行くたびに思うのだが、ここ数年ウブドゥは急速に変貌している。Jl.Hanomanは、Jl.MonkyForestのように舗装され、歩道は凹凸が激しく歩きにくくなっていた(歩道の敷石が、はがされている個所があるので夜歩くときは溝に落っこちないように注意しよう)。以前にも増してウブドゥは、車の数が増えて、夕方には何台ものバイクと車が連なっているという光景も出現しつつある(まだラッシュには程遠い数なのだが・・・)。
 今回驚いたのは、ウブドゥにインターネットができる所が出現していたことだ。Jl.Raya Ubudを散歩していると、半ズボン姿のアメリカのお兄ちゃんが、モニターの前でネットサーフィンをしている姿に出くわすことがある。電気が開通してまだ10年も経ってないウブドゥ村にインターネットが入り込んできているのだから、この急激な通信手段の変化を村人はどんな気持ちで見守っているのだろうか?
 通信といえば、公衆電話も増えてきている。しかし、以前買っておいたテレホンカードは、電話機が新しくなっていたために使えなかった(ちなみに旧型の公衆電話機が撤去されつつあるのに、いまだに古いテレホンカードを売っていた)。
 今ウブドゥでもっともホットな通りは、Jl.Dewi Sitaだ。Jl.Dewi Sitaといっても「えっ、それどこにあるの?」という答えが返ってきそうだが、Jl.Monky Forestにある運動場からJl.Hanomanに抜ける通りだといえば、「ああ、おばちゃんがマンディしてる川のある・・・」とか「靴屋さんのある、あの薄暗い通り・・・」とかいう答えが読者から返ってきそうだ。


 そのJl.Dewi Sitaは、通りには、おいしいレストランやおしゃれなブティックなどが出来てきて最近気の通りがいいようだ。
 今までウブドゥ在住の外人の、夜のたまり場といえばJl.Raya UbudにあるNOMADかARY'Sと相場が決まっていたが、今はJl.Dewi SitaにあるBatan WarukaかTutmakがトレンディだ(2つのレストランともベジタリアンメニューがあるのは、さすが)。ちょとした待ち合わせに、「Tutmakでアイス・エスプレッソを飲んでいるから。」とかいった会話が聞かれる今日この頃のウブドゥである。
 今回はルピアの急激な暴落を体験した。入国したとき空港の両替所で交換したら1$=6500rp.だったのが20日後には1$=12000rp.になっていた。旅行者には物価が約半分になった計算だ。あまりにも為替の相場の変動が激しいので、店を閉めている両替屋もあったぐらいだ。こんな調子だから物価の上昇は必須であるが、現地人の給料が物価につれて上がるとは思われない。こういった状況の結果起きている現象をあげてみると、ギャニアールの電気屋は、商品は展示してあるのだが売らないという噂を聞いた。また、友人が注文しておいたバイクを引き取りに行ったら、以前の値段より高くふっかけられた。ある日本料理は、料金がドル建てになった・・・・等々。バリ人の生活は以前より苦しくなるだろということを考えると、旅行者も手放しでは喜べない。
 あいつぐ銀行の倒産、物価上昇のせいかジャワやサヌールでは暴動が起きたと報じられている。またジャカルタでは、日本人がタクシーで強盗にあったというニュースがとびこんできた。暴動が起きると、華僑の商店が決まって焼き打ちにあう。インドネシア人には、中国人と日本人との区別はつけにくいので、いつも菊のご紋がついたパスポートは持参したほうがいいだろう。また3月には大統領選挙があり、この結果いかんでは、インドネシアの状況が変わってくるかもしれない。ボルネオの森林火災の影響(バリは全くといっていいほど影響をうけなかったのだが・・・)についで、きびしい状況のインドネシアだが、今回私が滞在した時点のウブドゥは、いつものようにいたって平和であった。この平和が末長く続くことを祈るばかりだが・・・・(以前のコレラ騒ぎの時も、まったく問題なかったんだよね)。だがいつ情勢は変わるともかぎらない、バリに行くときは、情報の収集を怠りなく。

 (おまけ):バリでネットサーフィンをしようと思いサブノートを持っていった。みんなでホテルでビールを飲みながらパソコンを触っていたとき、悪夢のような出来事が起こった。ホテルのボーイさんが、料理を運んできたときにビールの入ったコップをパソコンに倒してしまったのだ。一瞬、目の前が真っ暗・・・・。デジカメで撮った何百枚もの画像が・・・・。みなさん、ビールを飲みながらパソコンをいじるときには注意しましょう。

                          1998.2.2 流葉記